読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

美しき舞台・衣装の世界

中国舞台・衣装の世界と田仲の生活雑記

北京オリンピック開幕(2008年8月8日PM8時)に向けて

石岡瑛子さんと風間鋭一(李鋭丁)氏

 (建築中の北京オリンピックメイン会場・鳥の巣にて)

f:id:takuro1:20170114013303j:plain

 

f:id:takuro1:20170114013321j:plain

コスチューム監督として故・石岡瑛子さんは日本でも活躍するアーティストの蔡國強氏の紹介で李鋭丁氏をチームに参加させた。そのいきさつや彼女の彼に対する信頼が下記のように紹介されている。

《以下”アートマガジンCOOL”サイトからの引用》

石岡:実は私のチームに最後まで残ったのは、私と李さんの2人だけ。最初はニューヨークからデザイナー5人、私を入れて合計6人、中国で 4人選んだんですよね。でも自然淘汰というか、自然に落ちるものは落ちてしまったというか…でもやり直さなければならない仕事はいっぱいあったし、デザインのやり直しもたくさんあったの、それを全部たった 2人でやったのよ。

蔡: 実は李さんも僕が瑛子さんに紹介したんです。僕の学友なんですが、日本に留学していたことがあって、日本語が話せるのと、日本人のセンスが理解できる人なんですね。彼が一番瑛子さんの突出した部分をわかっていましたね。彼は瑛子さんと一緒に仕事して驚いていたのですが、瑛子さんは服の制作テクニックもよく知っていて、デザインするだけで終わっていないんですよね。だから一般のデザイナーがわからない実際の服の動きが計算できるんです。でも瑛子さんはデザインの権限はもっていても制作の権限は与えられていなかった。それで、制作部門のほうで「これは作りにくい」とか文句を言われるたびに、仕事がはかどらなくなってしまってたわけです。瑛子さんがデザインと制作の両方に権限があれば、もっと仕事しやすかったでしょうね。

石岡: そうですね。でも李さんのサポートで本当に助けられました。彼は 20代の頃に日本に留学していたそうなんですね。当時、彼は知り合いに「石岡瑛子に会わせて欲しい」と頼んだら、「お前みたいな子供が会える訳ないだろ」と言われてがっかりしたことがあったそうなんです。まさかそれから何十年か後に、私と夜も寝ないで一緒に仕事することになるなんて、夢にも思わなかったでしょうね(笑)

↓記事サイトはこちら

http://www.cool-ny.com/archives/478

石岡瑛子さんについてはこちら

http://www.bochi.in/kojin.php?p=3966

https://ja.wikipedia.org/wiki/石岡瑛子

↓蔡國強氏についてはこちら

https://ja.wikipedia.org/wiki/蔡國強

↓2016年度「国際交流基金賞」を受賞したとのこと、おめでとうございます。日本の多摩美術大学記念講演をされています。

http://www.k.tamabi.ac.jp/activity/kikaku/350665/

f:id:takuro1:20170114165421j:plain

 

 

↓偶然、パリの街で発見した石岡さんと李氏の力作である北京オリンピックの衣装のパネル。旅行が2015年2月のことですから北京オリンピックから7年ほど経ってるので、余程、このフォトグラフィー専門の店主のハートを掴んだのでしょう。

f:id:takuro1:20170114133030j:imagef:id:takuro1:20170114133051j:image

 

↓オリンピック大会開・閉幕式制作スタッフとしての任命証

f:id:takuro1:20170114013329j:plain

f:id:takuro1:20170114013334j:plain